【脱ブラック研究室】大学院つらい、辞めたい!結果、他大学院入学!

大学院辞めたい!
私自身、本気でそう思い、実際に大学院を辞めてしまいました。

5月のゴールデンウィーク明けには、既に研究室が嫌でしたので、まさしく五月病です。

毎年五月病を患うネガティブ思考の持ち主ですが、大学院で過ごした日々は、とても過酷でつらかったです。

私と同じく大学院を辞めたいと思っている方に、少しでも希望を持っていただけたらと思い、本稿を書ました。
私の経験が皆さんの今後の参考になり、より良い選択の一助になれば、本当に嬉しく思います。

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1.大学院を今すぐ辞めたい!

私は、その気持ちにとても共感できます。
研究職に就くために進学した方、昨今の就職難のために進学をした方など、入学の事情は様々だと思います。

また、学部時代とは違う研究室、他大学院に行かれた方の中には、研究室の雰囲気に馴染めないという方もいらっしゃると思います。

悩みを誰にも相談できず、自分一人で抱え込んでいる状態の方は、特につらいはずです。
つらい状況を克服するために、いくつか選択肢がありますので、肩の力を抜いて、読み進めていただけたら幸いです。

2.地獄の大学院生活でした。

私は、興味があることを研究したいという希望があったため、教育学部から他研究科の大学院に進学しました。

私の通っていた教育学部は、教員養成課程でした。
より専門的に研究をしたかったので、教育学部の大学院ではなく、他研究科に進学したのです。

しかし、待っていたのは地獄のような日々でした。
毎朝6時から実験を始め、帰りの時間は夜中2時という過酷な環境の中、自分なりに精一杯頑張りました。

異常に長い拘束時間ですが、もちろん一円も給料は発生しません。

問1.なぜ、そんなに拘束時間が長いのか?

私の研究は、生物を研究対象にしていたため、生物の活動リズムに合わせて研究室に通っていました。
しかし、多くの生物は夜中は寝ますよね。

実際は、研究室のルールで、ドクターコースの先輩の実験のお手伝いをしなければならず、拘束時間が伸びていたのです。
さらに残念なことにその先輩は、私にLineで実験の指示を送り、研究室に全く来ないという方でした。

先輩の実験に加え、学部生の卒業研究も手伝い、教授の顔色も気にしないといけませんでした。

自分の研究以外の雑務が多く、教授の指示で大学院生は働かされていました。
しっかりできていない場合は、教授や先輩からきつく怒られるのです。

ブラックな研究室になっていた原因は、教授なのですが、周りのメンバーも雑務から逃げることは許さないという雰囲気でした。
教授がこのような研究室運営をするので、たくさんの大学院生がこれまで潰れています。
まさしくブラック研究室です。

そして、そんなことを数ヶ月やったところで、体力的・精神的に限界を迎え、人生に行き詰ってしまいました。

大学院とは、そのようなところだと言われるのかもしれません。
これを乗り越えてこそ、一流の研究者になれるのかもしれませんが、身体を壊してまで続ける価値は見出だせなかったのです。

3.大学院を辞めたところで死ぬ訳ではない。

肉体的・精神的に疲れ、布団から出れない日々が続きました。
でも、踏ん張って通学しました。
しかし、頑張り続けることはできず、大学に行けなくなるときが来るのです。

研究室に行かなくなると、研究室のメンバーからは、毎日電話の嵐です。
そのため、スマホの電源を落とし、一人で部屋に籠る日々を過ごしていました。

そのときは、「就職しようかな」、「でも就職できないだろうな」、「研究室を辞めると伝えたら、教授は激怒するだろうな」など、いろいろなことを考えました。

考え抜いた結果到達した答えは、大学院を辞めたところで死ぬ訳ではないということです。

4.どのようにして、つらい状況を抜け出したのか。

研究室のメンバーからの連絡に一切応じなかったので、研究室に戻ったとしても、私の居場所はありません。
ただでさえ、ボコボコにやられていましたから。

いっそのこと、大学院を退学し、新たな道を検討しようと思いました。
そのとき、大学院を辞める決断はできても、教授に辞めると伝えるのは、いろいろな意味で辛かったです。

大学院入学前、院試の勉強を一生懸命しました。
しかし、このまま大学院生活を続けていくことは困難でしたし、今後就活なんてできる状態ではありませんでした。

そして、フリーの身になった上で、本当に好きな研究を伸び伸びとできる大学院に入りなおそうという決断をしました。
甘いと捉える方もいると思いますが、それはベストな選択だったと今でも思っています。

学費を無駄にしたにも関わらず、大学院を再受験することを承諾してくれた両親には、とても感謝しています。

問2.大学院の再受験をどう行ったのか?

再受験をすると決めたら、同じ過ちを繰り返さないよう徹底的に研究室をリサーチしました。

いくつかの大学院の研究室を訪問し、ここなら自分のやりたいことができる、それに研究を続けられそうだなと思う研究室を選び、再受験をしたのです。

その結果、2年間伸び伸びと研究ができ、たくさんの良い出会いがあり、本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。
私は、大学院の再受験に成功したのです。

新しく入った大学は、研究室の雰囲気も自分に合っており、充実した研究生活を送ることができました。
図書館は各学部・研究科にあり、研究のサポート体制が整っている恵まれた環境が大好きでした。
そして、研究に疲れたときには、ホッと癒してくれるカフェが学内にいくつもあり、まるで一つの街のような大学です。

話しは戻りますが、2度目の大学院入試は英語、専門科目の筆記試験共に1年のブランクがありました。

しかし、3週間の猛勉強の末、合格することができました
ブランクがあるからと諦めるのではなく、可能性があるので、絶対挑戦するべきだと思います。

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5.大学院修了後、就職することはできたのか?

ブラック研究室を6月に抜け出し、7月末に大学院を再受験したので、4月の入学まで半年のブランクができました。
その間、いろんな分野の本を読み、新しい研究室の教授に会いに行ったり、少しでも研究の役に立つことはなんでもしました。

そして、海外を放浪するなど、知見を拡げる活動も行い、その経験は、その後の人生の武器になっています。

問3.もしかして、学歴ロンダリングができた?

実を言うと、私の所属したブラック研究室は、地方国立大学です。
そして、2度目に入学した大学院は、旧帝大です。
学部レベルの偏差値では、大きくステップアップをしたことになります。
それは、よく言われる学歴ロンダリングなのかもしれません。

就活時の面接では、大学院の退学について、「より高いレベルで研究したかった」と説明できたので、本当によかったです。

面接官もレベルの高い大学院に進学するために退学したのだと、初めから理解してくれているようで、突っ込まれたことはありませんでした。
そこは、やはり旧帝大の持つ神通力かと思います。

半年間の履歴書上のブランクについては、何をしていたのか説明ができれば問題ありません。

就職に関しては、志望順位の高い数社から内定をいただけたので、成功だと思っています。
旧帝大院に入ったことを評価してくれる会社も多いので、他大学院を再受験するときは、今の大学より高いレベルの大学を目指しましょう。

6.他大学を受験する以外は、どんな選択肢があるのか?

私は、両親の理解が得られたので、再受験をすることができました。
しかし、それができない方がいらっしゃることも重々承知しております。

その場合、就職することが現実的な話かと思います。

多くの方が公務員を目指す、または会社員として働くことを選択するはずです。
面接時に、大学院を辞めた理由をしっかりと話せるようにしておくとよいです。
できれば、ポジティブな理由が良いので、一生懸命理由を考えましょう。

私は、地方国立大学の大学院をわずか数ヶ月で中退しました。 中退の理由は、学部とは違う分野の研究室に進学し、研究室の雰囲気に全く馴染めず、肉体的...

7.最後に

記事を読んでいただいている方は、研究室がつらいと思いながら大学院生活を送られていると思います。

私は、すぐに退学しようという思考回路になってしまいましたが、休学という方法もあるので、休学しながら再受験や就活をするという手段も頭の片隅に置いておくとよいでしょう。

大学院の中退歴やつらい経験は、しばらくすれば笑い話にすることができます。
今はつらいですが、今動きだすことで状況を改善できますよ!

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